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2015'10.02 (Fri)

勝利!!!

寝顔もかわいい
「あなた の かちよ。」



「もう大丈夫でしょう。定期検診(CT、MRIなど)も今日で終わりです。」 by ドクターX


平成27年10月1日、完全決着。

平成16年の秋頃から始まった横紋筋肉腫(ステージⅣ)との戦いに勝った。

「生きても一年、過去に乗り越えた人はいません。」、そんな開き直るしかない状況から11年を要したが勝った。

時間、仕事とお金、親や人間関係、健康な体、挙げればキリがないほど失ってきたが得たものだって大きいはず。

何を得たかと言われれば、コレというのが出てきませんが…。

幼いころから描いていた上(=お金をたくさん稼ぐ人)を目指す生き方は難しくなったが、生きてさえいれば他の生き方も出来る。

治療の後遺症が続いててメソメソすることが多いけど、年々、良くはなっている。

お薬のチカラで、どうにかなってるじゃないですか。

ちゃんと前を見ないと、生きたくても生きられなかった人たちに申し訳ないですよ。

夜中、カーテンで仕切られた病室の天井を見つめながら、「今の僕の世界はこれが全てなんだ。」と毎晩泣いてた札幌医大病院時代の自分にも申し訳ない。

真夜中の築地市場で慌ただしく往来する車両や人をガラス越しに見つめながら、「もうあっちには行けないのかな。」と悲観してたがんセンター時代の自分にも申し訳ない。

「やれるとこまで(治療を)やって、周囲を納得させてから死のう。」と腹に決めてた自分にも申し訳ない。

のんちゃんにも申し訳ない。  (お犬さまは、ひたすらにカワイイ♪)

もっと強く生きなきゃいけない。

上を向くのも、うつむくのも自分次第。


そんなカッコいいことを、頭ではわかってるけど、やはり人ってなかなか変われない。

なって乗り越えてわかったけど、大病を患ったからって、急に達観したり人徳者にはなれない。

うまれもった自分から5度くらいは傾いたかもしれないけど、180度ひっくり返ったりはしなかった。

いろんな人の支えがあったからであって、僕一人がどうこうって話じゃないんですよ。

一人じゃ何もできないし、何者にもなれないですよ。

皆様に感謝です。

ありがとうございます。


まぁ、そんなこんなで今日も生きてます。
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テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体

15:15  |  消すかもしれない重い話  |  TB(0)  |  CM(15)  |  EDIT  |  Top↑

2013'01.11 (Fri)

自分の値打ち

年末年始と体調を崩し静養中。

この状態でも会社に籍があり、主力級の評価をしていただき感謝感謝だが、心は痛くなるばかり。

この不況下でここまでの寛大な計らいがあるのに居心地の悪さに悩みすぎておかしくなりそうだ。

今まで書かなかったが、闘病生活で26歳からの6年間を棒に振った僕に再び生きる道(仕事)を与えてくれたのは今のオーナーだ。

だから期待以上の結果を出そうと必死になって、理不尽な出来事にもずっと耐えたし、着実に数字をつくるスキルを磨いてきたつもりだ。

いつかトップまで上り詰めもっと会社を大きくしようと思っていた。

それが一番の恩返しだと思っていた。

だが、情けないことに今の自分には届きそうもない。

数年前、親友になれると思っていた社員の不正を知ってしまった。

痛くない腹を探られた社員が何人もでた。

言い訳にはできないが、「自分は何も悪くない」と突っ張った結果、全てが疑心暗鬼になり自滅した。

会社での人間関係から遠ざかり、仕事のみに没頭した時期もあった。

社内での温度差を感じるたびに上司と衝突した。

数字をあげなきゃ全員沈んでしまう。

そんな危機感があったが、経営者でもない奴の考えとしては鼻持ちならなかったのだろう。

真剣に話を聞いてくれて僕の意見を取り入れてくれる上司もいるが、嫌なら辞めちまえと突き放す上司もいた。

何度も辞めようと思ったが、辞めることはなかった。

辞めれなかった。

その間、給料は4万円も上がった。

6年のブランク、体調の不安定さがありながら世間一般の平均はもらっている。

たぶん、社内でももらっている方だと思う。

考えられない厚待遇だが、それは自分の成果、能力に応じての評価だと思っていた。

ずっと思っていた。

でも、静養中の今、ある人に言われた言葉が心に刺さる。

「その歳でその体じゃどこにも行き場がないからオーナーが面倒を見てくれてるだけのこと。」

まわりから見ればそうか…。

要は憐れみだよね。

多分、オーナーは知らないが直接仕事の話をしないよう何人かに釘を刺されている。

いっとくが、質問されたことには答えるが自分から密告なんてしないよ!

もし僕が雇われている理由がそれなら、休みをもらって静養している特別扱いが惨めすぎる。

復帰しても無理してトップを目指すことはもうないだろう。

多少仕事がなあなあでも周りと面白おかしく過ごすことを優先するだろう。

僕の性格上、すぐには両立できない。

また数字にどん欲にはなれるだろうか。

また矢面に立って問題提起や提案をするだろうか。

今ここで辞めても、次が見つかるかどうかはわからない。

見つかったとしてもまた同じ悩みを抱えるかもしれない。

でも、外に出たい気持ちがある。

それは逃げたいだけなのか、自分の価値を確かめたい大博打なのか自分でも分からなくなってきた。







テーマ : ひとりごと - ジャンル : 心と身体

22:49  |  消すかもしれない重い話  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

2011'12.04 (Sun)

読まないほうがいいかも。暗くなりますよ。



公園
昔からそう。

真夜中から明け方にかけての時間帯に考えごとをすると極端になってしまう。

この時間帯に作った手紙やメール、報告書などを読み返すと大抵作り直すことになる。

思い入れが強すぎて第三者に知られるのが恥ずかしい内容だから。

でも、きっと本心。

胸の内にしまい続けるのが正しいのかどうかも分からない本心。

だから少し書いてみる。



僕は僕が思うまともな愛情を受けて育ってはこなかった。

少なくとも僕はそうとっている。

親の都合以外で褒められた記憶などほとんどない。

高校、大学と推薦で決めた時でさえ嫌な思いをした。

なんでお前らだけの手柄?

思い通りにならない息子に価値はないのだろう。

余命宣告されたタイミングで捨てられた。

母が亡くなったことで父や兄との縁はほぼ切れた。

もう会うこともないだろう。

少し楽になった。

小さいころから相手の顔色をうかがう癖がある。

変に思われていないか人の心を読みたがる。

今でも変わらない。

無理な話だが皆にいいように思われたい。

そのためには輪の中で1番にならなくてはならない。

いつでも1番にとってかわれる位置にいなくてはならない。

こんなこと言いながら、それは歪んだ考えだと気付いている。

自分で自分を苦しくしている。

外野の声なんか気にする必要はない。

見てくれている人がいるんだから、それでいいじゃないか。

それが答えなのも分かっている。

「自分のことを理解してくれてる」と思う相手には頼ってしまう。

すがってしまう。

無い物ねだりやストレスをぶつけているだけだと思う。

今の職場は正直やりづらい。

時としてライアーゲームのようだ。

それはそれで面白かったりもするがそれでは前に進まない。

極端なことを言えば、責任感を放棄して面白おかしいキリギリスになれたらどんなに楽だろう。

余計なストレスを溜め込まない防衛策が僕の成長を確実に妨げている。

「このままでいいのか?」と自問自答の毎日。

心にままに現実は変えられない。

道があるだけ幸せと思うべきなのかな?

きっとそうなんだろうなぁ…。

テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体

05:38  |  消すかもしれない重い話  |  TB(0)  |  CM(21)  |  EDIT  |  Top↑

2011'10.06 (Thu)

ありがとうございます

線路 秋田⇔東京 この間の線路です
過去に書いたカテゴリ「消すかもしれない重い話」を読み返した。

身につまされるものがある。

いろいろあったとしみじみ思う。

あんなにお世話になったのに師匠のことを忘れていた。

心の中で「ありがとうございます」と感謝した。

僕と違って心の広い人だからきっと許してくれるだろう。

ありがとうございます。

テーマ : 小さな幸せ - ジャンル : 心と身体

00:00  |  消すかもしれない重い話  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

2011'06.11 (Sat)

5年 其の弐

この大きな花はなんというのでしょうか?
昨日、がん治療終了から5年経過と書いたけど「そんなに経ったっけ?」と不安になってきた。

前回の定期検診で主治医から「あと少しで5年経ちますね。」と言われたから間違いないと思うが・・・。

6月に退院したのだけは覚えている。

そこで過去の領収書をあさってみた。

すぐに見つかった。

「平成18年6月21日」

いまが23年だから・・・5年経ってる。

抗がん剤が終了した当日に退院したわけじゃなく、CRP(白血球の値)がある程度回復してからの退院だったので正確な治療終了日は主治医に確認しないと分からない。

まぁ、そこまで神経質になることでもない。

生き抜いた以上、何かを成したいところだか何を成すべきかさっぱり分からない。

とりあえず今あるフィールドで精一杯生きようと思う。

みんな何かを背負って生きている。

周りを見ててそう思ったりもする。

そう思わなかったりもする。

5年後の自分はどうしているだろう?

今と変わらずそこそこやってることを祈ります。

テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体

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